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  陶山書院(安東市陶山面土溪里.史蹟第170号)

海東朱子と称せられる韓国最高の儒学者である李滉(号/退渓)が陶山書堂を建設し、儒学生達を教育しながら学問に励んだ場所です。李滉の没後、彼の弟子達は儒林と共に李滉の高徳を追慕し、書院を建てました。宣祖8年(1575)当時、最高の名筆として名を馳せた韓石峯の筆の扁額を下賜され、賜額書院となりました。陶山書堂と隴雲精舎、光明室、博約斎、弘毅斎、典教堂、蔵板閣などから構成されています。前方には安東湖が、後方は欝蒼とした松林に囲まれており、情緒を満喫することのできる場所です。

  屏山書院(史蹟第260号)

元来は風楽書堂と呼ばれ豊山邑にありましたが、柳成竜(号/西厓)が先祖5年(1572)に後輩育成のために、現在の位置に移転しました。その後、光海君6年(1614)に柳成竜の業績と学徳を追慕するため、祠廟を建設し享祀を行いながら名門書院となりました。河回村から屏山を越え洛東江を見合わせるようにそびえる屏山書院は、書院と自然景観が織り成す絶妙の美と優れた建築物で有名です。洛東江を見合わせるように建っている晩対楼を含め光影池、立教堂、尊徳祠、蔵板閣などから構成されており、建物全体から情緒があふれています。

  李滉(号/退渓/1501-1570)
34歳で科挙に及第し礼曹判書、西賛成、大提学などを歴任、没後の領議政に追贈されました。70余回も官職を辞退し、学問探求と人材育成のために尽力し、韓国儒教思想の基礎を築き、性理学を大成させました。


 尚徳祠(宝物第211号)
李滉(号/退渓)と彼の弟子と月川趙穆の位牌を安置した神聖な場所で、毎年2月と8月中丁日に郷射礼が厳粛に取り行われています。


 典教堂(宝物第210号)
陶山書院の講堂として使用された所で、前面には当代の名筆であった韓石峯の字である'陶山書院'という扁額が掛けられています。

  陶山書堂
李滉が儒学者たちを集め教育した場所で、陶山書院で最も古い建物です。先生の実践的な学問と質素な生活がよく現われています。


  光明室
陶山書院の表門の両脇に東西左右対称に立てられている建物です。こちらには李滉の水沢本、その他の書簡等1,300余種類の総数5,000余冊の本が所蔵されています


  隴雲精舎
陶山書堂とともに書院の中で最も古い建物です。弟子たちが勉強に専念する事ができるという意味で、'工'字形で建築された。

  試士壇 (有形文化財第33号)
正祖が李滉の学徳を称えて地方の儒林たちの士気を盛り上げるために、特別に'陶山別科'(科挙試験)を行った場所です。


  退溪宗宅 (安東市陶山面土溪里.記念物第42号)
1929年李滉の13代孫が昔の規模どおり修復しました。正面6間、側面5間の'口'字形の建物で、全面にソスル大門(左右の回廊の屋根よりも門柱を高くした正門)が設置されています